LOGIN四月になった。
レインから手紙が来た。エリナへ
来週、ルシェムに行く。今回は師匠ではなく、一人で。 衛生教育の供給計画の最終確認が一つ目の理由。もう一つの理由は、春のルシェムを見たかったから。 都合が悪ければ言ってくれ。 ――レイン――エリナは手紙を読んで、少しだけ止まった。
一人で来る。 前回は師匠と一緒だった。 今回は一人で。 もう一つの理由は、春のルシェムを見たかったから。 エリナは返事を書いた。 レインへ 来てください。都合は問題ありません。 春のルシェムを、見てほしいと思っていました。 ――エリナ―― 短い返事だった。四月になった。 レインから手紙が来た。 エリナへ 来週、ルシェムに行く。今回は師匠ではなく、一人で。 衛生教育の供給計画の最終確認が一つ目の理由。もう一つの理由は、春のルシェムを見たかったから。 都合が悪ければ言ってくれ。 ――レイン―― エリナは手紙を読んで、少しだけ止まった。 一人で来る。 前回は師匠と一緒だった。 今回は一人で。 もう一つの理由は、春のルシェムを見たかったから。 エリナは返事を書いた。 レインへ 来てください。都合は問題ありません。 春のルシェムを、見てほしいと思っていました。 ――エリナ―― 短い返事だった。 でも、これで十分だと思った。 マリオに伝えると、今度は驚かなかった。 「また来るのか」「来週」「一人で?」「そうです」「そうか。じゃあ、宿を手配しておく」「お願いします」「今回は、泊まりか?」「わかりません。聞いていない」「聞いておいた方がいいんじゃないか?」「そうですね」 エリナは追伸を書いた。 『追伸。泊まりますか。宿を手配しておきます。』 レインから返事が来た。 『泊まる。一泊か二泊。』 レインが来た日は、晴れていた。 今回は雨ではなかった。 馬で来た。昼過ぎに着いた。 エリナが長屋の前で待っていると、馬がゆっくり近づいてきた。 レインが馬から降りた。 前回と同じ服装だったが、少し違って見えた。 春の光の中で見るレインは、冬に見た時と少し違った。
三月になった。 ルシェムに、本格的な春が来た。 市場に花が並び始めた。道端の草が緑になった。朝の空気が、冬とは違う温度を持ち始めた。 エリナは朝、台所の窓を開けると、外の空気を少しだけ吸った。 冷たくない。 冬の間、ずっと冷たかった朝の空気が、今日は冷たくなかった。 それだけのことだが、少しだけ嬉しかった。 この一週間で、いくつかのことが動いた。 まず、学院から正式な連絡が届いた。 来年度から「衛生基礎」という科目を、学院の一般課程に設けることが正式に決定した、という通知だった。 師匠の署名が入っていた。 魔法師団長の副署もあった。 ゴードンがその書類を読んで、静かに言った。 「正式に決まりました」「そうですね」「アッシュフォード商会の商品が、教材として使われることになります。来年度から」「来年度、ということは、今年の秋から準備が始まります」「供給の計画を、早めに立てる必要があります」「レインと師匠と相談します。今週中に手紙を書く」 マリオに知らせると、少し目を丸くした。 「学院の授業に、うちの石鹸が使われるのか?」「使われます」「なんか、すごくない?」「すごいことだと思います」「俺が最初に豆のペーストを食べた頃、こんなことになるとは思っていなかった」マリオが笑った。「お前、本当になんでもやっちゃうな」「マリオたちがいたから、できました」「またそういうこと言う」「本当のことだから」「わかってる。でも、言われると嬉しいな」「ならば、また言います。マリオがいたから、できました」「一回でいい」 ルナに知らせると、少しだけ考えてから言った。 「学院で使われる薬草薬は、うちが作るの?」「そうです。先生と相談して、どの種類をどのくらい供給するかを決めます」「量が増える?」「増えます」「準備できる。シ
フィオナが帰ってから、一週間が経った。 ルシェムに、少しずつ春の気配が来ていた。 朝の空気が、冬の頃より少しだけ柔らかくなった。市場に並ぶ野菜の種類が変わり始めた。井戸の水を汲む人たちが、厚手のコートを脱ぎ始めた。 ルナが、採取できる薬草の種類が増えてきた、と言った。 「春の薬草は、冬のものより柔らかい」 ルナが棚を整理しながら言った。「効き方も少し違う」 「どう違いますか?」 「冬の薬草は、重い効き方をする。春のは、軽い効き方をする」 「どちらが良いですか?」 「症状による。重い症状には重い薬草。軽い症状には軽い薬草。合わせることが大事」 「ルナは、どうしてそれを知っているのですか?」 「見ていたから。植物が、季節によって変わるのを、ずっと見ていた。廃屋の前で、一人でいた頃から」 「そう」 エリナは少しだけ、ルナの横顔を見た。 あの日から、一緒にいる。 あの頃のルナは、もっと無口だった気がした。 今も無口だが、以前よりは少し言葉が出てくる。 その週、レインから手紙が届いた。 エリナへ 『あなたの手紙を読む時に、少し充電される感じがします』という言葉を受け取った。 俺も、同じだと思う。 お前の手紙が来るのを、楽しみにしている。それが、最近の学院での一番の楽しみかもしれない。 うまく言葉にできないが、あることは確かだ。 それから、一つ。 来週、ルシェムに行けるかもしれない。学院の衛生教育の件で、現場を見たいと師匠が言っている。師匠と 一緒に来ることになりそうだ。 都合が悪ければ、言ってくれ。 ――レイン―― エリナは手紙を読んで、少しだけ止まった。 来週、来るかもしれない。 師匠と一緒に。 都合が悪ければ言
フィオナがルシェムに来て、三日が経った。 一日目は休んだ。 本当に休んだ。午前中は部屋で眠っていて、午後にようやく起きてきて、台所でルナの薬草茶を飲んで、また少し眠った。 エリナが様子を見に行くと、フィオナが布団の中から言った。 「王都では、こんなに眠れなかった」「眠れていなかったんですか?」「三、四時間寝ればいい方だった。考えることが多くて、目が覚めてしまう」「それは、体に良くない」「わかってる。でも、止められなかった。ここに来てから、初めてちゃんと眠れた」「ルシェムの空気のおかげですか?」「あなたたちがいるからだと思う」 フィオナが目を閉じたまま言った。 「知っている人たちがいる場所では、緊張が解ける」 二日目から、フィオナは少しずつ動き始めた。 まず、マルタの店に行った。 石鹸の販売状況を直接確認したい、と言っていた。 マルタはフィオナを見て、すぐに椅子を出してきた。 「あんた、少し痩せたんじゃないか?」「王都では、忙しかったから」「ちゃんと食べなきゃだめだよ。うちで豆のペーストを食べていきな。エリナちゃんのやつ、今日も入ってるから」「食べる」 マルタがペーストを乗せたパンを出してきた。 フィオナが一口食べて、少しだけ目を細めた。 「美味しい」「でしょう? 変わらないから、いいんだよ」 変わらないから、いい。 フィオナは、その言葉を少しだけ受け取った。 後でエリナに話してくれた。 「マルタさんが、変わらないからいい、と言った。その言葉が、妙に残った」「そうですか」「王都では、変わらないことが弱さに見える時がある。常に次の手を考えていないといけないから。でも、マルタさんの言葉を聞いて、変わらないことが強さになる場所もあるんだと思った」「どちらが正しいということではないですか」「そう。場所によ
フィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。 予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」「どこに?」「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」「荷物が多い?」「トランクが二つある」 エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」「行きます」 市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。 久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」「来ましたね、予告なしで」「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」「そうしようとしていました」「でしょう。だから、言わなかった」「荷物が多いですね」「しばらくいようと思って」 フィオナが少しだけ声を落とした。「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」「どのくらい?」「一週間か、二週間か。決めていない」「決めなくていいです。いたいだけいてください」 マリオが荷物を運んでくれた。 フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」「どう違う?」「前より、落ち着いた顔をしてる」「そうかな」
翌日から、エリナは動き始めた。 といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。 一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。 どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。 まず、商会の代表変更の書類が届いた。 アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」「そうですね」「どういう気持ちですか?」 エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」「静か、とは」「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」「ゴードンさん」「はい」「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」「礼はいりません。でも、受け取ります」 それだけだった。 それで十分だった。 次に、各町の現場責任者への報告をした。 マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。 エリナちゃん